■ 森 信三先生に出会って 伊藤三樹夫 ( 序詞 出会いの絶景を − 森信三先生讃歌 )
その人はいわれた
人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える
一瞬早すぎず一瞬遅すぎもしない時に・・・
その人こそ私にとっては
森信三師であった
その時私は三十歳
これからの人生の根を決める根本的思想を求めて
あれもこれもと様々な思想遍歴を繰り返し
いまだこれだという確信が持てず
浮き草のように不安の日々を重ねていた
仏教に求めどもその煩瑣な大きさに戸惑い
キリスト教に求めどもその信に着いて行けず
哲学に求めども空疎な論理に着いて行けず
そんな時
現代思想の混迷を切り拓き
宇宙の大法と明確な実践方法を説く
しかもその背後に地下水的真人とでもいうべき
あまたの菩薩群を引連れ
しかも決して宗教的カリスマではない
思想的自由を保ち
人に思想を強制しない
人間の思想的自立を尊重し
一人一宗を説く人
ついに私はその師に出会ったのだった
日本的なものと世界的なものを切り結ばせ
具体と普遍をつなぎ
宗教と科学と哲学をひとつの学に高め
詩と美と思想を生活の中で活かしている実践人
西洋思想と東洋思想を統合する大きさを有し
日本民族の行く方向を指し示す
陰極まれば陽に転ずると・・・ 現状を憂いつつも
決して希望を捨てない人
時流の進歩的文化人に追随せず
日本的正気を説く人
二宮尊徳や藤樹等の日本的心実学を柱として
東西文化融合の壮大な学を打ち立てた哲人
そんな思想家についに出会ったのだ
西田幾多郎の最後の弟子
元兵庫県知事の阪本氏のブレーンでありながら
マスコミには一切顔を出さず
写真も撮らせず
世間の人はほとんどその名を知らない
よくもこんな隠者めいた人に出会えたものだと
この今生の出合いの不思議をつくづく思った
まことその人は隠者に憧れ
隠者の新井奥邃を慕い
終生隠者の幻を追い求めた人だった
大学教授でありながら
足元のごみ拾いを黙々と実践する下座行の人
自ら腰骨を立て人にも勧め
即身的実践を説く
無枕安眠法や半身浴など生活の中での健康法も教え
便りが来た人には必ずはがきを即刻に書き
人にもはがき書きを勧め
書いたはがきは複写して残しておけと助言し
幾多のはがき書きの達人を養成した人
生涯に三冊の本を自著自刊せよと勧め
自らも田畑を売って全二十五巻の全集を自費出版している人
教師なら学級便りを
それ以外の人もその生活の中から一人雑誌を出すことを勧め
自ら「国民教育者の友」と呼ばれることを願い
日本の北は北海道から南は九州まで
人に請われるままに教育行脚し
辺鄙な小学校で人の道を説いて回った木喰上人のような人よ
宮本武蔵を讃え山頭火を讃え
自らも野人たらんとしたネオ行者
老年になってますますかくしゃく
立花地区に一人入り
独居自炊を実践
将来の日本人の食の原点を示さんと
玄米食と味噌汁を実践した人
在野の学を尊重し
地方でひそかに実践している野の人を探し出す達人
山頭火の句集を世に出し
国民的詩人となった坂村真民さんをして
世にだしてくれた恩人・・・と言わしめた人
そんな人に教師になって五年目
まさに教育的模索の真っ只中
教育とは流水に文字を書くようなものだと
その覚悟を教えてくれた人
よくもこんな理想の師に出会えたものだ
青春時代以来の思想的混迷に決着をつけ
実践の決意を促しさらなる探求を駆り立てる人
著作や活動の分野を探れば探るほど裾野が広く
奥が深くて源の尽きざる巨人
私はその人にこの世でついに相ま見えたのだった
まさに百万の金鉱脈を発見した喜び
これから生涯掘り尽くしても掘り尽くせない鉱脈を
掘り当てた喜びよ
これを出会いの絶景と讃えずして何といおう
しかもその時師は言った(師についてあれこれ質問した時)
人物をあれこれ調べたり研究するのではなく
むしろ調べられ研究されるような人物になりなさい
そんな生き方をしなさい・・・と
大切なのは自分自身を燃やすこと己の心に火を点ずること
自分の外のことをいくら調べまわってもそれだけでは意味はない
まこと私は出会ったのだ
生の点火者に炎そのものに
そして私は知ったのだ
出会いとは点火であり
出会いが一瞬早すぎず遅すぎもしないというのは
その点火の条件が揃った時に出会いが起こり
点火が起こる
人生二度なし・・・とはその貴重なチャンスのこと
出会いの絶景を絶景たらしめるのはその点火の
その後の燃え方によってだということを